スカラ座《リゴレット》に賛否 声は完璧、演出は賛否

声は完璧、演出は賛否―社会派コンセプトが生んだ「悲劇の希薄化」

Fabrizio Beggi (Monterone), Regula Mühlemann (Gilda) and Amartuvshin Enkhbat (Rigoletto)© Brescia e Amisano | Teatro alla Scala

2025年10月上旬、ミラノ・スカラ座(Teatro alla Scala)で上演された《リゴレット》のリバイバルが、クラシックファンやオペラ誌、SNS上で大きな議論を呼びました。
主演には世界的バリトン、アマルトゥブシン・エンフバット(Amartuvshin Enkhbat)。指揮はマルコ・アルミリアート。
音楽的には完璧と評される一方、演出のマリオ・マルトーネ(Mario Martone)による“終幕改変”が物議を醸しています。

演出のマリオ・マルトーネ© 2018 Pathe International
目次

歌唱と音楽 ― キャストは圧巻の歌唱力

まず音楽面は圧倒的でした。
エンフバットのリゴレットは、

「強靭で気品ある声」「完璧なテクニック」「深い表現力」

と国際誌 BachtrackOperaWire がともに絶賛。
ジルダを演じたレグラ・ミューレマン(Regula Mühlemann)も透明感あるリリック・ソプラノで、アリア「Caro nome」が特に美しく大絶賛。
アルミリアートの指揮も、歌手の呼吸を活かした安定のヴェルディ解釈。

つまり、「歌手も指揮も非の打ちどころなし」という高水準の上演でした。

ジルダ役 レグラ・ミューレマン(Regula Mühlemann)

演出 ― 「社会派」読み替えの是非

一方で、議論を呼んだのがマルトーネ演出。
彼は本作を「権力」「貧富格差」「暴力」といった現代社会のテーマに置き換え、社会派的な切り口を全面に打ち出しました。
舞台は現代的な富裕層のパーティー会場やスラムを行き来し、光と影、実際の雨、映像効果なども駆使。
視覚的な迫力は抜群でしたが、結果的に――

「コンセプトの強さ > 登場人物のドラマ」

という構図になってしまったと多くの評論が指摘しています。

衝撃のフィナーレ© Brescia e Amisano | Teatro alla Scala

終幕の改変 ― 悲劇の核が変わってしまった

最も賛否が分かれたのは、終幕の改変です。

本来のヴェルディ版では、

「リゴレットの“呪い”が自らに返り、最愛の娘ジルダが犠牲になる」

という構図が悲劇の核心かと思います。

しかし今回の舞台では、

  • 公爵の殺害、
  • 複数の死体の残骸、
  • 流血のシーン、

といった暴力的映像で“被権力の反撃/暴発”を象徴する展開に。
その結果、「ギルダの悲劇」がぼやけてしまったのです。

OperaWire は厳しくこう評しています:

「ヴェルディの作り上げた悲劇の本質が壊された」

演出が主張しすぎて“声”がかすむ瞬間も

舞台美術・照明・映像のインパクトは確かに圧巻でした。
しかしその分、歌唱や芝居の繊細なニュアンスが見えにくくなる瞬間も

エンフバットのリゴレット像は、声としては完璧でありながら、

「演出がその内面を生かしていない」「彼のリゴレットが演出に縛られて見える」

と指摘されました。

ジルダ役のミューレマン(左)リゴレット役のエンフバット(右)© Brescia e Amisano | Teatro alla Scala

💬 SNS・評論界での論点

  • 「歌唱が完璧なのに、なぜストーリーを変える必要があったのか?」
  • 「ヴェルディ作品は“人間ドラマ”が核心なのに、コンセプト演出がその魅力を薄めた」
  • 「音楽と演出のバランスが取れていない」
  • 「これは“演出家のオペラ”なのか、“歌手のオペラ”なのか?」

つまり、今作を通して再び問われたのは、

“声=舞台=演出”のどれを主軸にすべきか?

という、オペラ界の根本的なテーマでした。

Désirée Giove (Countess Ceprano) and Galeano Salas (Duke of Mantua)
© Brescia e Amisano | Teatro alla Scala

まとめ ― コンセプトと感情のせめぎ合い

スカラ座《リゴレット》2025年版は、
「音楽的完成度の高さ」と「演出コンセプトの強さ」の両極が激しくぶつかり合う上演でした。

歌唱・指揮・音楽面は間違いなく一級品。
しかし、社会的メッセージを前面に出した演出は、
悲劇の核心である「父と娘の純粋な愛」を弱めてしまったと言えます。

オペラが「時代を映す芸術」である以上、この問いはこれからも続きそうです。


参照リンク

画像クレジット

© Teatro alla Scala / Press Office
Photo: Brescia & Amisano
※掲載画像は公式プレス素材または広報提供によるものです。

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この記事を書いた人

音楽大学大学院でオペラを専攻後、ドイツ・オーストリアに留学。ヨーロッパ各地のオペラハウスの舞台に立つ中で、音楽界の多様性と奥深さ、そしてそのスピード感に魅了される。
帰国後も音楽活動を続けながら、「日本にもっと世界の音楽情報を届けたい」という思いでThe Aria Timesを立ち上げる。
好きなオペラはR.シュトラウスの『ばらの騎士』、最近気になる歌手はSaioa Hernández。美味しいものを食べることと料理を作ることが大好き。現在は子育てに奮闘中。​​​​​​​​​​​​​​​​

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