チャイコフスキーの“封印された傑作”《Mazeppa》

「なぜこの作品がもっと知られていないのか?」
その問いは、観客の間だけでなく、批評家の間でも繰り返し語られています。

チャイコフスキー作曲のオペラ《Mazeppa(マゼッパ)》が、2025年6月、イギリスのGrange Park Operaで英国初演され、The Timesをはじめとする主要メディアで星5つ満点評価を獲得しました★★★★★

この作品の概要と公演の詳細、そして“知られざる名作”がこれまで埋もれてきた理由についてもご紹介いたします。


図1 Grange Park Opera「The Theatre in the Woods」(撮影:Richard Lewisohn、2019年9月17日)。© Richard Lewisohn/Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
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チャイコフスキーの《Mazeppa》とは?

《Mazeppa》は、チャイコフスキーが1883年に完成させた全3幕のグランド・オペラです。
台本はヴィクトル・ブルガコフ(Viktor Burenin/ヴィクトール・ブルェーニン)が手がけ、ロシアの国民詩人プーシキンによる叙事詩「ポルタヴァ」に基づいています。

物語は、18世紀ウクライナの軍事指導者マゼッパと、地主の娘マリヤとの禁断の恋、そして破滅と狂気に至る悲劇を軸に描かれます。国家的裏切りや処刑、政治的陰謀が交錯し、重厚な人間ドラマが展開します。

チャイコフスキー特有の旋律美に加え、激しい心理描写と暗く陰惨なドラマ性が際立つ、音楽的にも非常に充実した作品です。


なぜ長らく上演されなかったのか?

完成度の高さにもかかわらず、《Mazeppa》は西ヨーロッパでは長く本格的に上演されませんでした。主な理由は以下の通りです。

  1. 陰惨で救いのないストーリー
     処刑、狂気、政治的裏切りといった重苦しい題材が舞台全体を覆い、明るいカタルシスに欠けるため、プログラムに組み込みにくいとされてきました。
  2. 政治的センシティブさ
     ウクライナ独立運動やロシア帝国の支配、ペトロ大帝の暴政など、現代においても政治的緊張を孕む内容であり、上演が敬遠される一因となってきました。
  3. 大規模な演出・美術
     戦争や群衆、処刑、火葬、狂気など、視覚的に大掛かりなシーンが多く、高度な舞台技術と予算が求められる点も障壁でした。

Grange Park Operaによる英国初演

2025年、Grange Park Operaがついに英国初演として《Mazeppa》を上演しました。
演出はイングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)元芸術監督の**デイヴィッド・パウントニー(David Pountney)**氏。

戦車、ガスマスク、放射性マークなど現代戦争を想起させるモチーフを用い、19世紀の物語を鋭く「今」に引き寄せた演出が高く評価されました。

舞台美術は**フランシス・オコナー(Francis O’Connor)氏、照明はティム・ミッチェル(Tim Mitchell)氏、振付はリン・ホックニー(Lynne Hockney)氏が担当。演奏はマーク・シャナハン(Mark Shanahan)**氏の指揮により、**イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)**のオーケストラと合唱団が務めました。


歌手陣の熱演

  • マゼッパ役:デイヴィッド・ストート(David Stout)
     愛と権力、狂気を兼ね備えた人物像を堂々と演じ、存在感を放ちました。
  • マリヤ役:レイチェル・ニコルズ(Rachel Nicholls)
     狂気へ堕ちていく女性の心理を声と表情で繊細に描き、終幕の子守歌では観客に深い衝撃を与えました。
  • コチュベイ役:ルチアーノ・バティニッチ(Luciano Batinić)
  • アンドレイ役:ジョン・ファインドン(John Findon)

いずれも高水準の歌唱と演技で作品の完成度を支えました。


批評家たちの絶賛

The Timesは「チャイコフスキーの語りの強さが、時代の暗がりに突き刺さる」と評し、五つ星を付与。
Opera Magazineは「最もスリリングな再発見のひとつ」と称賛し、OperaWireは「大胆で緊張感あふれる忘れがたい上演」と評しました。

《Mazeppa》は単なる“忘れられた作品”ではなく、現代に響くオペラとして再び命を得ました。


まとめ

《Mazeppa》は、チャイコフスキーが全力を注いだにもかかわらず、長らく冷遇されてきた傑作です。
今回のGrange Park Operaによる上演は、この作品が再び脚光を浴び、世界の歌劇場で再演される契機となるでしょう。

戦争、愛、裏切り、狂気──その物語と音楽は、様々な世界情勢の中で生きる私たちの心にも深く響きます。


参照リンク

(※作品概要の一部はWikipediaを参考に記載しています)


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この記事を書いた人

音楽大学大学院でオペラを専攻後、ドイツ・オーストリアに留学。ヨーロッパ各地のオペラハウスの舞台に立つ中で、音楽界の多様性と奥深さ、そしてそのスピード感に魅了される。
帰国後も音楽活動を続けながら、「日本にもっと世界の音楽情報を届けたい」という思いでThe Aria Timesを立ち上げる。
好きなオペラはR.シュトラウスの『ばらの騎士』、最近気になる歌手はSaioa Hernández。美味しいものを食べることと料理を作ることが大好き。子育てに奮闘中。​​​​​​​​​​​​​​​​

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