産後に声の変化で解雇され──訴訟に発展
2025年3月、ジョージア出身の世界的メゾソプラノ、アニタ・ラチヴェリシュヴィリ(Anita Rachvelishvili)が、アメリカの世界的オペラ歌劇場・メトロポリタン・オペラを提訴しました。
彼女は、出産後に契約を一方的に打ち切られたことを受け、差別と契約違反を主張し、ニューヨーク州連邦地裁に訴えを起こしています。

目次
アニタ・ラチヴェリシュヴィリとは
アニタ・ラチヴェリシュヴィリは、ジョージアのトビリシ出身のメゾソプラノ歌手です。
彼女の名が世界に広く知られるようになったのは、2009年、ミラノ・スカラ座での《カルメン》における主役デビューでした。リッカルド・ムーティ指揮によるこの公演で、彼女の深く豊かな声、情熱的でありながら緻密な演技、そして圧倒的な舞台存在感が絶賛され、一夜にしてスターの仲間入りを果たしました。
ムーティ氏は後に彼女を「現在世界最高のヴェルディ・メゾソプラノ」と称賛し、その後も折に触れて高く評価しています。ヴェルディ作品で求められる劇的表現力と音楽的精度を兼ね備えた彼女の声は、多くの評論家から「現代では稀な正統派メゾ」とも評されています。
以降、メトロポリタン・オペラ、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座、バイエルン国立歌劇場など、世界中の一流劇場に次々と出演し、《カルメン》《ドン・カルロ》《アイーダ》《サムソンとデリラ》などの主要役でキャリアを積み重ねてきました。

契約解除の時期と理由
ラチヴェリシュヴィリ氏は2021年11月に第一子を出産しました。
出産後の一時期、高音域に限定的な不安定さが生じたものの、本人は「契約されていた役に支障はなく、実際に歌唱可能な状態だった」と主張しています。
しかし、2023年1月28日、メトロポリタン・オペラは「声の質の低下(deterioration of vocal quality)」を理由に、2022年から2025年にかけて予定されていた契約を全てキャンセル。
契約額は総額で約40万ドル、現在の為替レート(1ドル=約154円)で約6,180万円に上ります。
(参考:OperaWire, New York Post)

訴訟の背景と主張内容
2025年3月、ラチヴェリシュヴィリ氏はニューヨーク州南部地区連邦地裁に提訴しました。
裁判資料では以下のような主張がなされています:
- 妊娠差別禁止法(Title VII)違反
- 障害者差別禁止法(ADA)違反
- ニューヨーク州人権法違反
- 契約条項「pay or play」(出演の有無にかかわらず支払うという条件)の不履行
- 契約の買い取り(buy-out)案をメト側が撤回した経緯
さらに、メトと所属組合(AGMA)が妊娠後の声の変化を過度に問題視し、十分な交渉機会も与えず、誠実な対応を怠ったとしています。
(参考:AP News)

最新の裁判スケジュールと報道
裁判は2025年3月27日に提起され、被告側(メト)の最初の回答提出期限は6月13日でした。
さらに、2025年7月1日には事前審理(Pretrial Conference)がニューヨーク連邦地裁にて予定されていました。
※《追記》2025年8月16日現在、それ以降の新たな公式報道や裁判資料の提出は確認されていません。これは通常、裁判が和解交渉または証拠審査の段階に入っていることを意味する場合もあります。

(参考:CourtListener)
現在の舞台活動と反響
裁判が続く中でも、ラチヴェリシュヴィリ氏は精力的に舞台に立ち続け、多くの舞台で好評を博しました。
- 2024年12月:ナポリ・サン・カルロ劇場にて《ルサルカ》のジェズィバ役を歌唱し喝采を浴びました。
- 2025年7月:イタリア・ヴェローナ・アレーナでの《カルメン》に出演。チケットは完売となり、大きな反響を呼びました。
- 2025年9月:ギリシャ国立歌劇場の新シーズンにも出演が発表されており、今後の活動も注目されています。
(参考:Gramilano)

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