ワシントンオペラ 売上40%減、劇場との関係悪化。

復活するオペラ団体、危機が深まるオペラ団体

目次

はじめに

先日取り上げた オペラ・フィラデルフィアの“奇跡のV字回復”。
大胆な改革・新作への挑戦・地域コミュニティとの連携強化により、観客動員と財政が再び上向いた明るいニュースでした。

一方で、アメリカのオペラ界には逆の現象が起きている団体もあります。


その象徴的なケースが、Washington National Opera(ワシントン・ナショナル・オペラ/以下 WNO)です。

2025年秋、WNO はチケット売上の約40%減という深刻な数字を突きつけられ、さらに本拠地ケネディ・センターとの関係が悪化し、移転すら検討されているという報道が出ました。

ワシントン・ナショナル・オペラの本拠地ジョン・F・ケネディセンター

ワシントン・ナショナル・オペラ(WNO)とは?

ワシントン・ナショナル・オペラ劇場の名前ではなく“オペラ制作団体(カンパニー)”です。
1900年創設の歴史ある組織で、アメリカでも重要なオペラ団体の一つとされています。

日本を代表するソプラノである森 麻季(Maki Mori)さんが、
ブロンデ(『後宮からの誘拐』)オリンピア(『ホフマン物語』)といった重要な役柄で過去に出演し、
アメリカでも高い評価を受けていたことでも知られています。

WNOが公演を行っているのは、ワシントンD.C.の中心にある John F. Kennedy Center for the Performing Arts(ケネディ・センター)


ケネディ・センターはワシントン・ナショナル・オペラだけでなく、

  • National Symphony Orchestra(ナショナル交響楽団)
  • The Washington Ballet(ワシントン・バレエ)
  • その他さまざまな音楽・演劇・ダンスプログラム

など複数の芸術団体を抱える、国立級の総合アートセンターです。

ワシントン・ナショナル・オペラ公演
モーツァルト《フィガロの結婚》より
Photo: Scott Suchman

「団体=WNO」「劇場=ケネディ・センター」という構図

この構図を理解すると、今回のニュースの意味がぐっとわかりやすくなります。
ワシントン・ナショナル・オペラ はオペラを“制作・上演する組織”、ケネディ・センターは“その活動の場となる劇場(複合芸術施設)”です。


いま何が起きているのか

① オペラのチケット売上が約40%減

芸術監督 Francesca Zambello(フランチェスカ・ザンベッロ)は、かつては客席の80〜90%が埋まっていたのに対し、現在は60%前後に落ち込んでいるとコメントしています。
観客離れが、数字の上でもはっきり表れている状況です。

② ドナー(寄付者)の離脱

アメリカのオペラは、チケット収入だけでは運営できません。
個人ドナーや企業スポンサーなどの寄付金こそが“生命線”です。

WNO はこれまで、ケネディ・センターからの補助金や、ドナーからの支援に大きく支えられてきましたが、最近はこの寄付の流れも細くなり、経営難が表面化しています。

③ ケネディ・センター側の政治的混乱・運営への不信

The Guardian などの報道では、

  • 理事会の交替やトップの方針転換
  • 経営方針の不透明さ
  • 政治的な議論・分断の影響

といった要素が指摘されています。

劇場側の“ブランド力”や“信頼”が揺らぐと、団体(WNO)も観客も離れるという負の連鎖が起きます。
「この劇場を応援したい」「この場所に行きたい」という感情が冷めてしまうと、チケット購入も寄付も一気に減少してしまうのです。

④ ついに WNO が「ケネディ・センターからの移転検討」へ

Washington Classical Review は、 WNO が「ケネディ・センターに留まり続けるべきかどうかを再考している」と報じています。

通常、国立級のアートセンターから主要オペラ団体が“出ていく”という選択肢を公に語ること自体、極めて異例です。
それだけ、現状の関係悪化と経営危機が深刻だということでもあります。

ワシントン・ナショナル・オペラの本拠地
ケネディ・センター

なぜこうなるのか? “舞台の裏側”の話

ここで重要なのは、舞台作品の質が必ずしも原因ではないという点です。
問題は、オペラを支えるお金・仕組み・政治・ブランドといった“裏側”にあります。

アメリカのオペラの基本構造

典型的なアメリカのオペラ団体の収益構造は、概ね次のようになっています。

  • ① チケット収入
  • ② 寄付(個人ドナー・企業スポンサー)
  • ③ 公的助成金・財団支援
  • ④ 会場からの補助・連携プログラム
  • ⑤ 教育プログラムやアウトリーチによる収入

このうち①チケット収入と②寄付が同時に落ち込むと、一気に“危険水域”に入ります。

さらに今回は、会場であるケネディ・センター側の政治的混乱や運営への不信も重なり、観客心理にも影響を与えています。
「この場所を応援したいのか?」という問いが、観客とドナーの頭の中に浮かんでしまう状況です。

フィラデルフィアとの対比:

“改革して上がる団体”と“環境悪化で沈む団体”

近年のアメリカ・オペラ界は、団体ごとの差が非常に大きくなっています。

【上向く例:フィラデルフィア・オペラ】

  • 新作・現代作品への果敢な挑戦
  • 地域コミュニティとの強い連携
  • 明確なブランド戦略・メッセージ
  • 結果として財政もV字回復へ
Modeled after MilanÕs La Scala opera house, PhiladelphiaÕs 1865 Academy of Music is a performing and architectural landmark on the Avenue of the Arts (Broad Street) and is home to the Opera Company of Philadelphia and Pennsylvania Ballet.
ミラノ・スカラ座をモデルに1865年に建てられた、フィラデルフィアの劇場〈アカデミー・オブ・ミュージック〉

【下向く例:ワシントン・ナショナル・オペラ

  • 劇場側(ケネディ・センター)のイメージ悪化
  • 観客離れによるチケット売上の大幅減少
  • ドナー離脱による資金難
  • 主催団体と会場の信頼関係の揺らぎ
  • ついには「移転検討」にまで至る深刻事態

同じ国・同じ芸術ジャンルであっても、“舞台の裏側(資金・政治・ブランド)”が違えば、結果は真逆になる——。
ワシントン とフィラデルフィアの対比は、そのことを分かりやすく示しています。

ワシントン・ナショナル・オペラの本拠地
ケネディ・センター

今後どうなる? 私たちが見守りたいポイント

ワシントン・ナショナル・オペラ とケネディ・センター双方にとって、「決断の時期」が迫っています。

  • 劇場側の運営改革・ガバナンスの見直し
  • WNO の資金源の再構築(新たなドナー開拓、支出の整理)
  • 観客体験の改善(価格・アクセス・プログラムの見直し)
  • 若年層や新規観客へのアプローチ、地域コミュニティとの再接続

オペラは単なる公演の集まりではなく、会場・ドナー・政治・文化政策・観客コミュニティなど、多数の要因で支えられる総合システムです。

ワシントン・ナショナル・オペラ の今後の動きは、
「アメリカのオペラがこれからどこへ向かうのか」を考えるうえで非常に示唆的なケースになるはずです。

個人的には、WNO にはできれば今の地にとどまってほしいと感じています。
長年にわたり積み重ねてきた歴史と文化は、簡単に別の場所で継承できるものではありません。
経済的な情勢の前後はあっても、長い目で見れば、この地にあり続けることこそが地域にとってもオペラ界にとっても必要なことのように思います。

フィラデルフィアのようにV字回復を遂げるのか、あるいは構造的な転換点として、別のモデルに移行していくのか。
私たちも、この“逆V字”の行方が気になります。

ポトマック川(Potomac River)沿いに佇むケネディ・センターの外観

出典・参考リンク

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この記事を書いた人

音楽大学大学院でオペラを専攻後、ドイツ・オーストリアに留学。ヨーロッパ各地のオペラハウスの舞台に立つ中で、音楽界の多様性と奥深さ、そしてそのスピード感に魅了される。
帰国後も音楽活動を続けながら、「日本にもっと世界の音楽情報を届けたい」という思いでThe Aria Timesを立ち上げる。
好きなオペラはR.シュトラウスの『ばらの騎士』、最近気になる歌手はSaioa Hernández。美味しいものを食べることと料理を作ることが大好き。現在は子育てに奮闘中。​​​​​​​​​​​​​​​​

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