エストニア国立歌劇場、ホセ・クーラの契約解消

エストニア国立歌劇場、人気テノール歌手ホセ・クーラとの契約を解除──ロシアとの関係を受けて


Photo by Manfred Werner / Tsui
Licensed under CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
目次

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  1. ホセ・クーラとはどんな人物か
  2. ロシアとの関係は誤解なのか?
  3. エストニアが「ロシア関与の歌手」を外す理由
  4. エストニアという国の背景
  5. 今回の公演への影響
  6. 文化と政治の境界線──オペラ界に広がる波紋
  7. 参照リンク

1. ホセ・クーラとはどんな人物か

ホセ・クーラ(José Cura, 1962年アルゼンチン・ロサリオ生まれ)は、国際的に知られるテノール歌手であり、近年は指揮・演出・作曲・舞台美術まで手がける「マルチアーティスト」として活動しています。ヴェルディ『オテロ』をはじめとするドラマティックな役柄で名を馳せ、舞台裏でも創造性を発揮してきました。彼は単なる歌手ではなく、「舞台全体を構築する芸術家」として独自の地位を築いています。


2. ロシアとの関係は誤解なのか?

問題視されたのは、クーラ氏が過去にロシアの劇場で演奏や指揮を行っていたことです。2025年7月16日にマリインスキー劇場での『オテロ』出演が予定されていましたが、これは「誤って発表されたもので、本人の同意があったものではない」と彼の代理人が述べています。しかし、本人は声明の中で「いかなる暴力や侵略も拒絶する」と明言し、特定国家を支持する意図はないと強調しました。
つまり、彼自身は「芸術活動」としての出演を説明しており、ロシア政府や戦争を支持したわけではないと訴えています。この点は「政治的立場と芸術活動が混同されている」というクーラ氏の不満の核心です。


SONY DSC Photo by Jaimrsilva, licensed under CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons 
マリインスキー劇場

3. エストニアが「ロシア関与の歌手」を外す理由

エストニア国立オペラがクーラ氏との契約を打ち切った背景には、単に彼個人の問題ではなく、国家としての姿勢が強く影響しています。
エストニアは、隣接するロシアの侵攻によって過去の歴史があり、現在も安全保障上の緊張が続く中、「ロシアと舞台上で関わるアーティストは受け入れられない」という文化政策を取っています。芸術もまた国のアイデンティティを示す場であると考えられ、「公的に資金を受ける文化機関が中立を曖昧にすることは許されない」という強い社会的合意があるのです。


4. エストニアという国の背景

エストニアは人口約130万人の小国ですが、歴史的にロシア帝国やソ連の支配を経験したため、独立と主権の保持に強い意識を持っています。1991年に独立を回復した後は、EU・NATOに加盟し、西側との結束を深めてきました。
そのため、ロシアの侵攻に対して最前線で敏感に反応する国の一つであり、文化政策にもこの歴史的・地政学的背景が反映されています。


5. 今回の公演への影響

クーラ氏はベンジャミン・ブリテン作曲『ピーター・グライムズ』の演出を担当する予定でしたが、この契約終了を受けて初演は延期となりました。当初予定日の2025年9月26日と28日には、衣装や舞台装置を伴わない「コンサート形式」での公演が行われる予定です。完全版の上演は数年以内に改めて目指されると発表されています。


6. 文化と政治の境界線──オペラ界に広がる波紋

今回の件は、芸術家が「どこまで政治から距離を取れるのか」を突きつける事例といえます。ロシア出身のソプラノ、アンナ・ネトレプコをめぐる議論と同様に、「ロシアに関与したか否か」は国や劇場ごとに解釈が異なり、歌手のキャリアを大きく左右しています。

ロシアとウクライナの戦争は、戦場にとどまらず文化の領域にも波及しています。ネトレプコのようなロシア人歌手だけでなく、他国の芸術家にまで影響が及び、出演機会やキャリアの継続に直結する問題となっています。オペラ界は国際的であるがゆえに、政治的立場と芸術的自由のせめぎ合いを避けて通れなくなっているのです。


Photo by Cseh Zoltán / VEHIR.HU (Veszprémi Hírportál), licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

7. 参照リンク


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この記事を書いた人

音楽大学大学院でオペラを専攻後、ドイツ・オーストリアに留学。ヨーロッパ各地のオペラハウスの舞台に立つ中で、音楽界の多様性と奥深さ、そしてそのスピード感に魅了される。
帰国後も音楽活動を続けながら、「日本にもっと世界の音楽情報を届けたい」という思いでThe Aria Timesを立ち上げる。
好きなオペラはR.シュトラウスの『ばらの騎士』、最近気になる歌手はSaioa Hernández。美味しいものを食べることと料理を作ることが大好き。現在は子育てに奮闘中。​​​​​​​​​​​​​​​​

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