19世紀フランス音楽を蘇らせる — ブル・ザーネ財団の挑戦
クラシック音楽の世界で「フランス・オペラ」と聞けば、多くの人が思い浮かべるのはビゼーの《カルメン》やグノーの《ファウスト》、あるいはマスネの《マノン》といった有名作だ。しかし、その影には数多くの作曲家と作品が、上演の機会を失い、録音もされず、楽譜の中で静かに眠り続けてきた。こうした“忘れられた音楽”を、現代に再び響かせようとしているのが、**ブルザーネ財団(Palazzetto Bru Zane – Centre de musique romantique française)**である。

ブルザーネとは何か
ブルザーネ財団は2009年、フランスのカミーユ・ブルー家の支援によりヴェネツィアに設立された。拠点は17世紀の邸宅「パラッツェット・ブル・ザーネ」で、ここを拠点に19世紀ロマン派フランス音楽の研究・録音・出版・舞台復刻を専門的に行っている。
活動の幅は広く、これまでにVictor de Joncières《Dimitri》、Louise Bertin《Fausto》、Benjamin Godard《Dante》など、耳にする機会が極めて少ない作品を復刻録音。また、豪華なハードカバー・ブックレット付きのCDシリーズ「Portraits」や、作曲家ごとの全集的企画を展開し、音楽史に新しい光を当てている。

なぜ今、取り上げるべきか
近年、クラシック界では「多様性」や「歴史の再評価」が重要テーマになっている。オペラの上演は依然として一部の有名作に集中し、それ以外の作品は聴衆や演奏家の視界に入りにくい現状がある。その中でブルザーネは、単なる“珍しい作品の発掘”にとどまらず、歴史の中で評価されなかった作曲家たちを体系的に復権させる役割を担っている。
特に注目すべきは女性作曲家の発掘だ。19世紀は女性が作曲家として活動すること自体が困難な時代だったが、ブルザーネはMarie Jaëll、Charlotte Sohy、Augusta Holmès、Louise Farrencなどの作品を録音・出版。9枚組の『Compositrices(女性作曲家たち)』シリーズでは、交響曲、歌曲、室内楽など幅広いジャンルの作品を現代に紹介した。

活動の魅力と意義
- 文化的価値:忘れられた音楽を単なる資料としてではなく、現代の聴衆に生きた芸術として届ける。
- 学術的裏付け:演奏は最新の研究成果に基づき、初演時のオーケストレーションや表現法を可能な限り忠実に再現。
- 聴衆への発見:定番の名作とは異なる音楽的個性や物語に出会える喜び。
- 演奏家への挑戦:新しいレパートリーの開拓により、演奏家の表現の幅が広がる。
音楽評論家Alex Ross(The New Yorker)は「ブルザーネは固定化されたレパートリーを揺るがし、聴衆に新たな驚きを与える」と高く評価している。彼は記事の中で、ブルザーネのプロジェクトが単なる“掘り出し物”ではなく、音楽史における偏りや空白を埋める文化的使命を果たしていると指摘した。
今後への期待
ブルザーネの活動は、クラシック界の視野を広げ、歴史の多様性を取り戻すうえで欠かせない存在となりつつある。彼らの手によって復活する作品は、単なるアーカイブではなく、現代の聴衆に語りかける“新しい音楽”として再生される。オペラやクラシックの世界を深く知りたい人にとって、ブルザーネは今後も注目すべき名前だ。

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