アンナ・ネトレプコへの公演中止要請が英国で高まる

ロイヤル・オペラ・ハウス、世界的歌姫アンナ・ネトレプコ起用を巡る議論

epa01269099 Russian President Vladimir Putin (L) applauds to Russian opera singer Anna Netrebko (R) after awarding her with ‘National artist of Russia’ title prior to a concert devoted to the 225th anniversary of the Mariinsky theatre in St.Petersburg, Russia, 27 February 2008. The Mariinsky theatre, one of the symbols of St.Petersburg, is the oldest Russian opera and ballet theatre. The official date of its foundation is accepted 12 July 1783 when Russia’s empress Ekaterina II signed a decree about its establishment in St.Petersburg a troupe of opera and ballet. EPA/VLADIMIR RODIONOV / POOL

写真 © Presidential Press and Information Office / Kremlin.ru
ライセンス:CC BY-3.0 または CC BY-4.0

目次

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  1. ネトレプコをめぐる論争とは
  2. ロンドン公演を前に高まる抗議の声
  3. 世界的ディーヴァとしての評価
  4. 過去の騒動と変遷する声明
  5. ロイヤル・オペラ・ハウスの立場
  6. 国際的なオペラ界の対応事例
  7. ロンドン文化界への影響
  8. 芸術と倫理──これからの展望

1. 背景:ネトレプコをめぐる論争の経緯

ロシア出身のソプラノ歌手アンナ・ネトレプコは、21世紀を代表するディーヴァの一人として世界の歌劇場を席巻してきました。プッチーニ《トゥーランドット》やヴェルディ《アイーダ》など、ドラマティックな役柄で圧倒的な存在感を放ち、名門メトロポリタン・オペラ(米)、ウィーン国立歌劇場(墺)などで主役を務めてきました。

しかし彼女は芸術的成功と同時に、ロシア政府やプーチン大統領との関係がたびたび議論を呼んできました。2014年にウクライナ東部で親露派勢力の旗を持った姿が報じられ、また2012年のプーチン再選支持署名などが、国際社会で強く批判される要因となっています。


2. ロンドン公演を控えての抗議の声

ロイヤル・オペラ・ハウスは、2025年秋シーズンの《トスカ》にネトレプコを起用すると発表しました。これに対し、英国とウクライナを中心とする50人以上の作家・芸術家、さらには超党派の国会議員が公開書簡を発表し、「倫理的に受け入れられない」として出演の取り消しを求めました。

元ニュージーランド首相ヘレン・クラークも署名に加わり、「ロンドンという国際都市において、民主主義や人権の価値観を踏みにじる人物を舞台に立たせるのは問題」と指摘しました。


3. ネトレプコの芸術的評価と過去の活動

ネトレプコはサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場出身で、巨匠ヴァレリー・ゲルギエフに見出されました。彼女のカリスマ性と華やかな歌唱で、クラシック音楽の枠を超えて広く人気を獲得しています。

ロイヤル・オペラ・ハウスにとって、彼女の出演は興行的にも大きな価値があり、チケットの完売が予想されています。この「芸術的価値」と「倫理的リスク」の両立が、今回の議論の中心にあります。


Anna Netrebko – Life Ball 2013

写真 © Manfred Werner(Tsui)/ウィキメディア・コモンズ(CC BY-SA 3.0)

4. 過去の騒動と声明の変遷

2022年、ロシアによるウクライナ侵攻後、ネトレプコは「戦争の犠牲者への思い」を表明しましたが、プーチン大統領を直接非難することは避けました。この曖昧さが米メトロポリタン・オペラとの契約解消につながり、後に彼女は「民族・性差別による不当な扱い」として訴訟を起こしました。訴訟は現在も継続しており、音楽界と法廷の両方で注目を集めています。


5. ロイヤル・オペラ・ハウスの立場と対応

ロイヤル・オペラ・ハウスのCEOアレックス・ビアード氏は「芸術の場は常に政治的圧力と向き合うものであり、単純な善悪で判断できない」と語りました。また、新音楽監督のヤクブ・フルーシャ氏は「ネトレプコは一流の歌手であり、彼女の声明を真剣に受け止めている」と芸術的観点から起用を支持しています。


6. 国際的な類似事例と比較

  • アメリカ:メトロポリタン・オペラはネトレプコとの契約を解消し、代役にウクライナ人歌手を起用しました。
  • オーストリア・ドイツ:ウィーン国立歌劇場やベルリン国立歌劇場は、一定の説明を経て彼女を舞台に復帰させました。
  • イタリア:スカラ座などでは抗議と支持の声が交錯しつつも出演は継続。

このように国や劇場によって対応は異なり、芸術と政治の境界線が揺れ動いていることが分かります。


7. 英国文化界に与える影響

ロンドンは多様性と自由を掲げる文化都市として知られており、今回の論争は「芸術機関が社会的責任をどう果たすか」を問い直すきっかけになっています。観客の反応、スポンサー企業の立場、そして国際社会からの評価が、今後の公演運営に大きな影響を与えるでしょう。

また、同時期にロイヤル・オペラ・ハウスでは中東情勢に関連する抗議も発生しており、文化施設が地政学的緊張の「鏡」となりつつある現状も浮き彫りになっています。


8. 今後の展望と締めくくり

ネトレプコのトスカ出演は予定通り実現するのか、それとも外部からの圧力によって変更されるのか──現時点では予断を許しません。

いずれにせよ、今回の問題は単なる一人の歌手の是非を超え、**「芸術は政治から独立すべきか、それとも倫理と連帯を優先すべきか」**という普遍的な問いを投げかけています。世界情勢と舞台芸術が交錯する中、オペラのキャスティングは単なる芸術選択を超え、歌手たちは芸術家であると同時に一人の国民として、その狭間で揺れ動いています。


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この記事を書いた人

音楽大学大学院でオペラを専攻後、ドイツ・オーストリアに留学。ヨーロッパ各地のオペラハウスの舞台に立つ中で、音楽界の多様性と奥深さ、そしてそのスピード感に魅了される。
帰国後も音楽活動を続けながら、「日本にもっと世界の音楽情報を届けたい」という思いでThe Aria Timesを立ち上げる。
好きなオペラはR.シュトラウスの『ばらの騎士』、最近気になる歌手はSaioa Hernández。美味しいものを食べることと料理を作ることが大好き。現在は子育てに奮闘中。​​​​​​​​​​​​​​​​

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